「クルマを持つ」ということ

Posted at Mon, 12 Jan 2026 12˚49ʹ09ʺ +0900 (JST)

人生には様々な転機がある。

それまで私は「クルマを持つ」ということを微塵も考えたことが無かった。世界屈指の鉄道網が広がる東京23区在住であれば、賃貸だろうと持ち家だろうと、住まいを選択する条件に“鉄道の最寄り駅からどのぐらい近いか”が上位となる以上、自分のクルマを持つ理由が無いからだ。国内であれ海外であれ、どこへ出掛けるにしても、自宅の最寄り駅から電車に乗れば済むし、実際済んでいた。それに23区内は駐車場が莫迦みたいに高い。特に山手線内周辺の都心6区1で借りようものなら家賃と同額かそれ以上取られる。大学進学で上京した私の左脳から“マイカー”という単語が削除されて久しい。

しかし、転機が訪れる。

1つはコロナ禍だ。2020年2月には鮮明となった新型コロナウィルスのパンデミックは、人間を外出させるのは勿論、自分以外の生命体や物体に接触することを躊躇させた。ちょうどこのとき転職した私は、入社初日の2月3日(月)朝9時に挨拶を済ませると、社用PCを渡され、早々に帰宅のうえ「指示があるまで在宅勤務をせよ」と命ぜられたほどだ。その後、政府から緊急事態宣言による外出制限が発せられるに至り「今後数年は『電車でどこかに出掛ける』なんてことはできなくなる。そうなると、移動手段はクルマしか無い」と判断、新しい会社での業務も落ち着いた翌2021年の夏頃からボンヤリと、自宅マンション周辺で月極め駐車場の空きを探すようになった。

もう1つは介護だ。2022年1月4日(土)21時過ぎ、実家からクルマで1時間ほどのところに嫁に出た姉から、珍しく電話が入った。

「今、県警から『母親を保護した』という連絡が来たので、これから警察署に身柄と自転車を引き取りに行く。警察官に状況を確認すると、『陽が落ちてから(実家最寄りの)コンビニに行ったものの、そこから帰宅できなくなった。困った母親が、付近を歩いていた親子に(実家への)道を尋ねたところ、その方が母親の様子を見て“危ない”と思ったらしく交番に連れて行き、その場で保護され、警察署に移送された。正確には判らないが、3時間ぐらいは走り回っていたようだ』とのこと。これはどう見ても認知症だ。今回は偶々、人が良い親子に声を掛けたから良かったものの、一歩間違えれば危なかった。」

その前日まで私は実家で母親と正月を過ごしていただけに驚くしか無い内容だが、起きた事実から目を逸らす訳にも行かない。そして、23区にある自宅から、新幹線でも高速道路でもDoor to Doorで2時間ほどの実家との間を、今後は頻繁に行き来しなければならなくなるだろうことは火を見るより明らかだと悟った。

こうして、クルマを持たねばならなくなった。運転免許が必要な内燃機関の乗り物を持つのは、大学生時代に通学用に新車で買い、15年前に廃車にした“YAMAHA JOG APLIO TYPE-II”以来である。

敷地内の駐車場に空き区画が無い分譲マンションに住む私がクルマを持つには、まず駐車場を確保しなければならない。母親の認知症が発覚してからは探索の必死さが違う。2ヶ月後、自宅マンションのすぐ裏手にある線路沿いの空き地で運営されていた露天アスファルト敷き駐車場で1区画の空きが出たのを偶々見つけ、すかさず確保した。この駐車場は最寄り駅の私鉄の所有物で、近隣の相場と比較して賃料が2,500円ほど高い2ものの、背に腹は代えられない。

並行してクルマを探していた。しかし、このコロナ禍は、あらゆるモノの製造工場の勤務形態がそうであるように、複数の人間を1箇所に留めて就業する状態を許さなかったうえ、車載用半導体の生産量もガタ落ちさせたことから、新車を買いたくても買えない状況に陥らせた。もし新車を発注したとて、国産車でも輸入車でも「正確な納車時期が不明です。恐らく1年以上掛かりますが、それでも構わないですか?」と、納車時期が未定であることを承諾しなければ契約できない有様だった。その結果、諸事情から可及的速やかにクルマを持たねばならない一般市民は挙って中古車店に行くことになり、中古車価格が暴騰3していた。クルマを買う時機としては最悪と言って良い。

車格も考慮する必要がある。23区内はとにかく道が狭い。特に私が住んでいるS区は、住宅地の区画整理が住民の増加ペースに追い付かなかったため、元は田畑の畦道だったとしか思えない、曲がりくねった細い道がそのまま車道となった結果、クルマがすれ違えないことを理由に延々と一方通行にせざるを得ない交通規制が当たり前となり、目的地次第ではかなりの大回りを強いられる。この劣悪な道路事情での取り回しを考えると、車幅が1,695mm以下な5ナンバー限定とまではいかないまでも、ある程度小型でなければならない。間違っても車幅が2,000mm近かったりボディ最小回転半径が6m以上あるようなクルマは埒外だ。通れないし曲がれない。
更に言えば、母親を乗せる場面が多々発生するであろうことと、実家とは高速道路で行き来することから、衝突安全性能4と高速走行性能に難がある軽自動車は自ずと埒外となる。
また、私は職業柄、国内自動車メーカ全社と付き合いがあったが、その過程でまじまじと見せつけられた各社の醜態から、国産車を買う気には到底なれない。Tやその子会社のDはもちろん、NやHや2つのSや2つのMとも、二度と顔を合わせたくない5

ここで「私はVWしか乗っていない。ワーゲンは良いよ」と常々言っていた元同僚を思い出し、試しにVWの中古車を調べたところ、VWが自社で整備・販売している認定中古車のなかに、元は試乗車だという2021年式のPolo Comfortlineを見つけた。3ナンバーなものの車幅1,750mm・車長4,060mmの車格は小型でちょうど良く、走行距離はたったの1,678km、新車保証も付帯して諸費用込み266万円とある。
このPoloについて元同僚に確認すると「これ、良いチョイスですね。試乗車上がりなので程度は上々と思います」とのお墨付きを得たため、2022年4月24日(日)に発注、6月18日(土)に納車された。

その翌週から早速、実家との行き来で乗り出した。ドイツ車らしいガッチリしたボディ剛性と、踏めば踏むだけ吹け上がる1リッターターボエンジンは、日本の高速道路を100km/h程度で巡航する運用であれば何の問題も無い。想定外だったのは、年老いた母親の腕力だとドアの開け閉めに若干苦労することだ。それまで実家で亡父が好んで乗っていたTの国産車と違い、ドイツ車はドアが重いのだ。裏を返せば、もし横から衝突されたとしても乗員はしっかり守ってくれるであろうことを想起させる重さなので、個人的には良いことだと思っている。

そうこうするうちに、世の中では「エンジン車(ICE)は生産禁止、電気自動車(BEV)への全面移行」が叫ばれ始めた。特にEUが自動車メーカに出したEU指令”Euro-7″は強硬で、その中身を理由に『2026年以降の新規開発は基本的にBEVのみ。ICEは生産量を徐々に縮減、2030年頃にはゼロにし、その後はBEV専業になる』と宣言するヨーロッパの自動車メーカを続発させた。

しかし、少なくとも日本国内は、BEVを気軽に乗り回せる環境が整っていない。政府や自治体からの補助金なしでは異常なまでに高価だというのもあるが、充電設備が圧倒的に不足しているからだ。BEVに実装されるリチウムイオン二次電池は化学的に高速(高電圧・大電流)充電すると劣化が早まる。これを回避すには低速(低電圧・小電流)充電すべきなのだが、自宅マンションにしろ駐車場にしろ、そもそも充電設備が無いため、例えば「一晩かけて低速充電する」などということもできない。さすがにBEVを販売しているディーラーには充電設備があるので、BEVユーザはわざわざディーラーに行って高速充電することになるのだが、BEVに乗るためにディーラーに通い、かつ、自車のバッテリを短命化する行為を強いられるこの状況は、微塵も笑えないコントだ。

また、「エンジンで発電用モータを回転させ、それで得られた電力をバッテリに蓄めつつ駆動用モータで走行する」のが基本コンセプトのハイブリッド自動車(HEV)やプラグインハイブリッド自動車(PHEV)という選択肢もあるが、それまでエンジンだけで走行できていたクルマから見れば死重でしかないバッテリとモータをわざわざ載せる意味が理解できない。ICEより車重が重くなることで早く摩耗するタイヤと、いずれは必ず化学的に劣化するバッテリの、それぞれの交換費用を考えると笑止千万だ。もっと言えば、ICEならエンジンだけで済むところ、HEVやPHEVではモータやバッテリを追加で製造または廃棄する必要があり、このときにも大量の二酸化炭素が発生するのだが、その事実を無視してまで、これらのクルマを「環境に良い」「エコだ」と持て囃しているのは、どこの誰なのだろう。

つまり、2026年時点であっても、日本国内での客観的かつ現実的な新車の選択肢は、従来通りICEしかないはずなのだが…。

「このご時世、いつICEが全面生産停止になるか判らないが、今ならまだ生産している。このタイミングを逃せば、輸入車の新車でICEを買えなくなる」
「今のPoloは試乗車上がりの中古車なので、新車から乗っているわけではない。私も1度は、ICEを新車から乗り出してみたい」
「どうせなら、めちゃくちゃ高性能なスポーツカーに乗ってみたい」

足掛け4年ほど隔週で高速道路を往復250km走っていると、ついつい、そんな欲が出てしまった。Poloに何か異常があるわけではなく、実家周辺で母親を乗せて走る分には何の問題も文句も無いが、高速道路では加速時の瞬発力不足が否めないうえ、PoloをはじめとするFF車特有の、カーブで発生するアンダーステアが原因で「これが『曲がらない』というヤツか」を実車で体感できてしまうのも面白いが気にはなっていた。なにより、2026年1月中旬に車検が切れることが後押しした。走行距離は19,600kmを越えた程度だが、タイミングは今しかない。

先述した車格と自分の財布を考慮した結果、プラットフォームを共有しているため車格はほぼ同じなもののエンジン回りがスポーツカーのスペックで仕立てられた“VW Golf R Advance”“Audi RS 3 Sportback”に絞られた。どちらも2025年に新型にブラッシュアップされたばかりである。

偶々だが、2025年8月2日(土)にRS 3、3日(日)にGolf R、それぞれに試乗できた。
RS 3は、ドイツ本社が日本への輸出台数を大幅に絞っているらしく「納車まで1年掛かる」との報告がネット上に多数あるうえ、試乗会が公式には設定されていなかったため、半ばダメ元で、自宅最寄りのAudi正規ディーラーに見積りの作成と納期の確認を依頼したところ、『お客様が設定したカラーとオプションの組合せに合致した個体が11月上旬に納車できるタイミングで輸入される。また、2週間後にディーラー独自で高速試乗会を開催するので、ぜひそちらに参加いただければ』との返信が来たため、嬉々として試乗会への参加を申し込んだ。
その1週間後、Poloを買ったVW正規ディーラーにはまだ何も伝えていなかったにもかかわらず、突然、『来週、Golf Rに試乗できますが如何ですか』という電話が来たため、こちらも嬉々として参加を申し込んだ。
何故かは解らぬが、こんな偶然が起こる6こともあるらしい。

連続する2日間で両車を比較した結果、Audi RS 3を選択した。というか、Golf Rに試乗する前に発注、その場で銀行振込を手配し現金一括で支払った。
先述の通り、ネット上で報告されている納期とは較べものにならないぐらい早い、発注から3ヶ月で納車が可能であることと、エンジン回りも内装も、Golf Rとは比較にならないほどハイスペックであることが判ったからだ。また、試乗で同乗してくれたAudiのエンジニアが非常に気持ちの良い人で、私の拙い質問にも的確に回答してくれたうえ、
「偶々なんですけど、実は明日、RS 3との比較でGolf Rにも試乗するんです」
と言うと
「RS 3とだと、エンジンから何からまったく違うので比較にならないと思います。Golf Rと比較するなら、エンジン出力が同じS3ですね。ですから、明日はきっと『RS 3とGolf Rは別物だ』と確認するだけになると思いますよ」
と予言され、結果的にその通りだったことも大きい。高速道路でも、Poloでは味わったことがない、胸が空く加速とエンジン音に「こりゃ凄いぞ」と納得させられてしまった。

ついでに言うと、翌日にGolf Rを試乗した際に納期を確認したところ
「年内は到底無理。早くて2026年3月頃になる」
という回答だったことも、ある意味で決定打になった。Golf Rの納期に関する情報がネット上に無い=納期はそんなに気にしなくて良い、と思い込んでいたのだが、まさかRS 3よりGolf Rのほうが納期が読めないとは。
“ひょっとして、Golf RはRS 3より売れてない? だからディーラーも在庫を抱えてないのか?”
私のPoloの車検が2026年1月中旬で切れることを把握しているディーラーとは思えぬこの回答に愕然としつつ
「それじゃ、車検が切れちゃってますね」
と私が言うと
「なので、先代のGolf Rで程度の良い中古車を見繕います」
と、私の意図から更にズレた回答だったことも、前日にRS 3を発注した判断が間違っていなかったことを裏付けた恰好だ。

果たして、RS 3は2025年11月16日(日)に納車された。既に実家と3往復しているが、その度に試乗会での感想そのままの走りを堪能できており、満足感しかない。恐らく輸入車の新車でICEを買うのは、これが最初で最後だろう。母親がドアの開け閉めに若干苦労するのは相変らずだが、横からの衝突安全性能を考えれば仕方の無いこと。介助すれば良い。余程のことが無い限り、私はRS 3を乗り続けるだろう。

ここまで長々と「クルマを持つ」ことになった経緯を記してきたが、このテキストの主題はこれではない。「クルマを手放す」こと、即ち、その後のPoloの話だ。

RS 3を発注したとき、Poloの下取り価格は80万円と査定された。RS 3に付けたメーカーオプションの半分ぐらいはPoloの下取りで賄えることになる。

RS 3を取りに行くべくPoloでAudiディーラーに乗りつけた際、担当のセールスから「お別れするPoloの写真を撮りませんか」と言われ、スマホで3枚ほど撮った。このときは特に何の感情も無く、それよりなにより目の前にあるビカビカのRS 3に夢中だった。

しかしその1ヶ月後、なぜか不意に、あのPoloがどうなったかを調べたくなり、2022年春と同じように、VWの認定中古車サイトにアクセスしていた。AudiはVWグループの一角なので、あのPoloもVWグループ内で整備・販売されるだろうと踏んだからだ。

あちこち15分ほど調べてみると、私が住むS区のVW認定中古車センターで販売されているようで、2025年12月15日(月)に新規掲載されているのを発見した。私が手放してちょうど1ヶ月だ。色も姿形も4年間見てきたものなので間違えようもなく、Webサイトに記載されている走行距離と車台番号の下3桁が見事に合致していることから同定できた。設定された販売価格は、車両本体が148万円、諸費用込みで163万円とある。

もともとこのPoloは乗り潰すことなぞ考えておらず、次に新車を買ったら手放すことを前提にしていたため、そのときに少しでも下取り価格が良くなるよう丁重かつ慎重に扱っていたこと、半年毎にあるVWディーラーの定期点検を欠かさなかったこと、KeePer技研のボディコーティングを毎年施工していたことから他の同程度経年車よりボディの塗装に劣化が少ないこと、新車登録から5年で走行距離が約19,600kmと少ないほうだということもあり、RS 3納車時の土壇場で下取り価格が10万円上乗せされ90万円になったりしたのだが、もし購入希望者が出ればオーナーとしては3人目となるため、この価格になったのだと思う。

これらの情報を確認しつつ、Webサイトで発見したかつての愛車の姿に、私は涙が出そうになるほど感傷的になってしまった。

「あぁ…悪いことをしたな。もし売れたら、次のオーナーにも、ぜひ可愛がってもらってくれよな」

当たり前だが、正規の手順でクルマを売ることは悪事ではない。RS 3へ乗り換えるにあたり、経済的合理性から下取りに出しただけだ。もし私にクルマを複数台維持できる財力があったとしても、このPoloは手放しただろう。RS 3を買った後に乗らなくなることが目に見えている。

しかし、私の右脳から真っ先に出た感情は「悪いことをしたな」だった。ここでの主語はPoloだ。「Poloには悪いことをしたな」。もはや私とは無関係のクルマに、なぜそう思ったのだろう。

それまで(自分が考え得る範囲内で)丁重かつ慎重に扱い、ディーラーの定期点検も欠かさず受けて必要な部品を交換し、ボディコーティングも毎年施してきたが、それと同じ扱いを次のオーナーがやってくれる保証が無いから?
そりゃまたずいぶんと私のエゴ丸出しだ。そんなことは次のオーナーの自由だ。このPoloにオーナー運があれば、これらをやってくれる人に巡り逢えるだろう。

だが、あのPoloにとって2度目の身売りとなる今回、設定された価格があまりに安い。コミコミで163万円は、5年落ちで走行距離が20,000km未満であるにもかかわらず3オーナー目となることも考慮しても、相当にお買い得感がある価格設定だ。私が2022年4月24日(日)に発注した1度目の身売りのときより100万円も安い。ひょっとすると次のオーナーは、このPoloを下駄代わりに乗り潰したり魔改造したりするかもしれず、そうなると、これまで私が実施してきたような手厚いメンテナンスが実施されない可能性がある。それではあのPoloが可哀想だ。

…可哀想?

そうか。足掛け4年もの間、ほぼ隔週で「自宅と実家を高速道路経由で支障なく行き来すること」と「母親を安全に護送すること」、この2つを使命として掲げられたPoloに対して、私は想像以上に深い感情を抱いていたようだ。春夏秋冬、花粉や黄砂が舞う日も酷暑でカンカン照りの日も台風で横殴りの暴風雨の日も都内では珍しい雪の日も、車内にはスマホ経由で1980〜1990年代のJPOPを大音量で流しつつ、愚痴ひとつ言わず(故障ひとつせず)粛々と走ってくれたのだから、そう思わないほうがオカシイというものだ。

しかし、他の所有物にここまで感情移入した記憶は無い。2024年6月、そろそろ無停止連続運用12年目を迎えようとしていた常用のファンレスPCが、M/Bからのコイル鳴きを伴って頓死したものの、このPCにそこまでイレ込むことは無く、私の脳内は「ヤバい、いち早く次のPCを組まねば!」という焦燥感に支配されていた。干支を一周するほど付き合ったにもかかわらず、だ。

日々の生活での密着度も、私の場合はクルマよりPCのほうが断然長く強いのだが、なぜクルマにだけ、こんな感情が湧いたのだろう。

今はまだその理由は解らないが、「クルマを持つ」ということは、「クルマを手放す」ときの、こういう感情も込みなのだということを、齢50にして初めて知った。

2025年12月20日(土)昼過ぎ、1通のメールが届いた。

『お客様の車両Polo Comfortlineは、お客様のユーザーアカウントから削除されたか、他のユーザーアカウンに結びつけられました(メインユーザー変更)。』 (原文ママ)

国産車はどうだか知らないが、少なくとも最近の輸入車は所謂「コネクテッドカー」なので、スマホにインストールした専用アプリ経由で開錠・施錠したり、クルマの状態を確認できたりする。VWグループのPoloやRS 3にもこのような機能が実装されている。

このメールは、VWアプリで必要なユーザアカウント情報を削除し忘れていたため受信したのだが、この内容から察するに、あのPoloは無事に売れ、新しいオーナーのユーザアカウントに紐付けられようだ。念のためVW認定中古車センターのWebサイトを確認すると、あのPoloの情報は削除されており、スマホアプリからアクセスしても弾かれた。

新規掲載から僅か6日で次のオーナーが決まったことに、私は驚いた。しかも、次のオーナーが印鑑登録証明書や車庫証明の書類を用意し、関係各所に登録を済ませ、引き渡せる状態にする日数を考えると、恐らく掲載してすぐに売約が成立したのだろう。先述した通り、お買い得感満載の価格設定なので早くに売れるとは考えていたものの、年明け早々の2026年1月中旬に車検が切れるため、それまで粘って更に値下げされるのを待たれるのではないかとも考えており、まさかこんな年の瀬にバタバタと売れるとは思ってもみなかった。

私が住むS区のVW認定中古車センターで売れたということは、もしかすると、私が自宅周辺をRS 3で走っているときに見掛けるのかもしれないし、VWの認定中古車は日本全国どこでも納車されるため、私がまったく知らない土地を走っているのかもしれない。それを私が知る術は無いが、「次のオーナーにも、ぜひ可愛がってもらってくれ」と、あのPoloの第3の車生が幸多からんものであることを心から祈っていることに変わりは無い。

あのPoloと名実共に惜別すべく、万感の思いを胸に、VWのWebサイトからは私のユーザアカウント情報を、スマホからはVWアプリを、それぞれ削除した。


来るべきもの

Posted at Fri, 10 May 2019 13˚12ʹ57ʺ +0900 (JST)

来るべきものが来た。2つだ。

1つはGemini PDAのメジャーヴァージョンアップである。

やっと8.1(Android Oreo)が配信され始めたものの、早々に「DoCoMoの電波を掴めない」事象が発覚し、出鼻を挫かれている。製造元であるPlanet Computersからも「複数のユーザから報告が上がっており現在調査中。DoCoMoユーザはヴァージョンアップするな」との警告が出されており、当面は調査結果待ちである。
なお、予備機で試した限り、ヴァージョンアップそのものは問題無く行えることまでは確認できている。

もう1つは老眼である。

今年で44歳になるが、昨年末あたりから、夕刻になると、会社支給のノートPCの液晶画面とピントが合わなくなる事象が「時々」出てきていた。「時々」なので、これは集中力の有無や体調の問題であって、物理的な理由ではないと思っていたものの、この数週間集中して本を読んでいると、朝や昼にも出現し始めてきた。

『そう言えば、今の眼鏡は8年前のものだ。度が合わなくなって来たのかもしれない。6月に会社も変わるし、今は時間も有るからなぁ…』

と、GW明けに近所で評判の眼科医に掛かってみた。

「こりゃぁ、軽度の老眼が来てますね。ドライアイや充血は無いし、眼圧も正常そのものなので、純粋な老眼です。いよいよ来たということで」

と、眼鏡の処方箋とともに診察結果を下されたのだ。

「来るべきものが来た、ということですかね?」
「そうですね。こればっかりは仕方無い。私もあなたと同じぐらいに来ましたから」
「午後になると覿面に来ますね」
「まだ軽度だからでしょう。腕をピーンと伸ばさないとピントが合わない人とか居らっしゃるじゃないですか。そこまでじゃないでしょ?」
「それは無いですね。対象物との距離は変わらないです」
「腕が伸び始めたらまた来て下さい。2年後ぐらいかもしれませんね」

中学2年から視力0.01以下という極度の近眼に陥り、以来、眼鏡が手放せない身体となっているため、常用の近眼鏡と老眼(遠眼)鏡をいちいち交換するのは面倒なので、遠近両用眼鏡を作ることにした。

『遠近両用眼鏡』…なんともはや。紛うことなきオッサンの持ち物である。

今のところ、6月からの会社でスーツを常用することになるかどうかは不明なものの、万が一を考慮し、カジュアルにもスーツにも合うであろう無難な形のメタルフレームを選択しておいた。来週末には出来上がる。
私は外出時と在宅時で眼鏡のフレームを分けている。そのほうが眼鏡が長持ちするというのもあるが、当然、気分転換も兼ねている。新しい眼鏡のレンズが合うようになったら、もう1本、休日用のセルフレームでも作ろうと思う。

その原因は判り切っている。それまで視力2.0を誇っていたが、その年に、PCをずっと欲しがっていた私に業を煮やした父が、「キーボードがあるものをとりあえず与えておけ」という感じで、会社で貰って来た、バックライトが無い液晶画面のワープロ・HitBit WORD(HW-80)と純正FDD(HWD-80)にド嵌りしたことで、見事な反比例曲線を描いて視力が急降下したのだ。
ちなみにこのHW-80、キーボードの日本語キーアサインが「50音順配列」である。これが相当な変態配列であることを知らぬまま、このキーアサインでかな入力を習得してしまったものの、高校入学後に買ってもらったPC-9801DS2で正統な「JISかな配列」のキーアサインを知って面喰らい、慌ててローマ字入力に宗旨替えするも苦労しまくった…というのは、また別の話だ。

転職(9年ぶり9回目)

Posted at Sat, 30 Mar 2019 09˚57ʹ12ʺ +0900 (JST)

転職することにした。

今の会社には2010年1月入社なので、丸9年以上経っていることになる。

ベタに表現すれば、「平成最後の1ヶ月」と「新元号最初の1ヶ月」は、ひたすらに有給休暇を消化する日々を過ごし、6月から心機一転する。

国内のネットワーク機器市場のシュリンクぶりは予想以上に高速で推移し、同時に二極化した。

比較的大規模でシャシー型が使われることが多いコアネットワークでは海外製品が、ブランチ区画や端末を収容するエッジネットワークで使われることが多い1Uサイズのボックス型は国内製品が、という流れだ。
しかも後者は、こう言ってはナンだが、家庭用に毛が生えた程度のものが使われるようになり、間違っても1台10万円は越えない。下手すると1〜2万円のものを大量に導入し、壊れても修理せず新品と置換するだけのお手軽運用である。

こうなってしまうと、これまで9年ほど居た、シャシー型ネットワーク機器をメインに国内で開発・製造・販売・保守していた企業は一溜まりもない。斜陽化の一途を辿ることになる。

ここ5〜6年、間接部門→営業部門→開発・製造部門→保守部門の順に人員を削ることを繰り返し、どうにかこうにか命脈を保とうとしていたものの、親会社の1つが、保有する全株式を投資会社へ売却したことが運の尽き。私も辞めることにしたのだ。9年ぶり9回目である。

では、次の職種はどうするか。

これまで新卒から21年、携帯電話網・国際電話網・固定電話網・IP網・広域イーサ網と、ずーっとネットワーク屋をメインに、DC構築やレンタルサーバやセキュリティの仕事をサブに、生業としてきた。

「そろそろセキュリティ屋に商売替えすべきかもしれない」

そう思い、今年1月中旬から転職活動を開始し、数社のセキュリティベンダと面接させていただく機会を得た。応募職種はTACだったりSEだったり色々だ。その結果、1社からは正式なオファーレターが提示され、収入も今より越える内容ではあった。

だが、止めた。

理由は、たぶんこれは私が間違えているのだろうが、セキュリティベンダが提示したセキュリティ技術の内容が、私の想像の域を出なかったからだ。

有名な言葉に、元任天堂のエンジニアである横井軍平氏の『枯れた技術の水平思考』というのがあるが、それと同じだと思われたからだ。

『最先端ではないが、すでに広く使われて、ノウハウも固まり不具合も出し尽くして安定して使える技術を、今まで無かった使い道を考える』

セキュリティ業界は、まさにこれを追い掛けているだけなのではないか?
そんな気がしたのだ。

秒進分歩の半導体技術により、通常の使用方法なら充分な能力を、驚くほど小電力かつ小規模な筐体に収めることができるようになった今、「適切な実装」であれば、セキュリティ面での脅威は低く見積もることができる。しかし、「不適切な実装」をすると、ここぞとばかりに攻撃に晒され、今まで無かった使い道をされる。

それを予知・防御するのがセキュリティの要諦なのだ、と。

私はここに魅力を感じることができなかったのだ。

結局、私はネットワーク屋としての転職活動に切り替え、2月下旬に1社からお声掛けいただいたのを機にトントンと話が進み、3月27日にオファーレターが提示され、それにサインしたのだ。
私の年齢でも収入が上がるようなオファーだったことも、サインした理由の1つである。

この判断が吉と出るか凶に化けるか、もちろん現時点では判らない。ただ、魅力を感じない仕事を延々とするのがどれだけ辛いかも知ってるので、そこは譲れなかったのだ。もし凶に化けたとしても、自分を恨めば済む話だ。

来週からの2ヶ月は、体と脳味噌のリフレッシュと、新会社で従事する技術に関する読書に没頭しようと思う。

「Gemini PDA」をGet

Posted at Sun, 10 Jun 2018 09˚59ʹ08ʺ +0900 (JST)

事前の噂では今年1月には受領できると言われていたものの、実際には延びに延びていたGemini PDAがやっと出荷され、8日に受領した。

今回受領したのは3台出資したうちの1台だけだが、受領後、それはもう久々に覚える高揚感を持って、嬉々として2日連続で12時間、合計24時間ほど使って環境構築に勤しみ、毎日の平常運用に持って行けるところまで作り込めた。

実機を触れば解るとおり、その感想はたった一言、「控え目に言って素晴しいものだ」。

前回のエントリでも打ったとおり、40を越えたオールドモバイラーなオッサンは、たとえスマートフォンであっても、物理キーボードからは離れられない。指が太いためフリック入力や仮想キーボードでは誤タッチ連発のため長文が打てないし、特殊記号を入力できないが故にサーバの管理も覚束無いからだが、それ以前の問題として、ここ数年で爆発的に流行し、あっという間に定着してしまった、モバイルが大前提のSNSであるTwitterやInstagramでは長文を打つことが嫌われている節もある。

だが、世界では圧倒的にシェアが少ないものの、ポケットに入るサイズで物理キーボードを必要とする人間は居り、Gemini PDAはその層に圧倒的に支持されたようだ。なお、「出資者の3割が日本から」という記事も出ており、日本人はつくづくこういうガシェットが好きな国民なのだなぁと思う。

Gemini PDAの物理キーボードは、私が今まで所持してきた歴代のモバイルガシェットやスマートフォンの中でも最高品質のものであることは間違い無い。打鍵感もしっかり有り、慣れれば誤タッチも少ない。打鍵速度がそこまで速くない私からすれば、Deca coreというCPUリソースも相俟って、入力を零すこともほぼ無い。

後述する理由でDebianはまだインストールしておらず、確実に認識するという情報が出ていたSandisk製400GBのmicroSDXCを内蔵フラッシュメモリと一体化させ合計460GBのストレージとし、Android OSのみのSingle Boot環境である。自宅や会社と同様、スマートフォンなのにSKKで日本語が入力できるのは、想像以上にストレスが軽減される。

明日から会社にも持って行き、実際の使用感ともども、どのような塩梅なのかを見極めていきたいと思う。

「じゃぁ、Gemini PDAは完璧なんだな?」と訊かれると、現時点では首肯し難い。

再起動する度にキーボードの設定がいちいち吹っ飛んだり、つい2週間ほど前に最新版のOTAが「重大なバグがある」として取り消されたりと、まだまだAndroid OSの作り込みが甘いし、LinuxとのDual Bootも「とりあえず可能だけど、使いものにはならない」レベルに留まっている。ただ、これらはいずれもソフトウェアの問題なので、開発元が出資者へのハードウェア出荷作業を終えればソフトウェア開発にリソースを割けるようになるため、時間が解決する類の話だろうし、ハードウェアが手許に届けば市中のソフトウェア開発者も増やすことになるため、解決する速度は加速すると思われる。

ハードウェアでも、「キートップのレーザ印刷が速攻で剥げる。1週間持たない」という話はあちこちで聞く。剥げたキートップはいかにも情けないので、予防策として、受領直後にプラモデルのデカール剥げ対策でお馴染のトップコートを軽く吹いている。

これらはふつうの製品では考えられない事態ではあるものの、クラウドファンディングによる製造が事実上手作りであることは出資者側も百も承知しており、こういったトラブルをご褒美として個々人が対策できないようでは手を出すべきものでは無い性格のものなので、今後も色々起きるかもしれないが、それは楽しみとして取っておきたい。

ただ、こういった事態を飲み込んでも、Gemini PDAが「控え目に言って素晴しいものだ」という意見は変わらない。

現時点で開発元は「ハードウェアの次期バージョンは考えていない(今はソフトウェアの品質を上げることに注力したい)」とコメントしており、もしかするとハードウェアは今回で打ち止めになる可能性すらある。

こんな情報を読むにつけ、バックアップ含め複数台分出資した今年1月10日の自分を「おまえ、よくやった!」と抱き締めて褒めてやりたい。

「Gemini PDA」に出資した

Posted at Sun, 14 Jan 2018 08˚57ʹ14ʺ +0900 (JST)

久々に琴線に触れる記事が出た。

『フルキー装備のAndroidスマホ「Gemini PDA」、日本展開も』

先に結論を言えば、私は「Gemini PDA」に出資した。「4G+Wi-Fiモデル」と「Wi-Fiモデル」の両方を1台ずつ。

現在はあくまで「製品化予定」というステータスであるものの、既にモノが出来上がっており、『今月中に出荷予定』というアナウンスを信じて、純正革ケースや送料含め合計1,019ドル=10万円以上となった。

予想どおりのマシンなのか、どーしよーもないジャンクなのか、そもそも10万円をドブに棄てたことになるのか、新年早々賭けに出てみた。

2005年、私はWILLCOM(当時)が出した物理フルキーボード装備のPDA「W-ZERO3」を、激しい争奪戦を勝ち抜いてファーストロットを購入でき、バッテリがヘタるまでの5年間、主に自宅サーバで運用していた私が持っているドメインでのメール送受信で便利に使っていた。PHSなので通信料金が定額制だったものの、通信速度が128kbps(黒耳W-SIM)→204kbps(赤耳W-SIM)と低速だったことと、W-ZERO3に実装されているRAMが低容量だったこともあり、13年前とはいえWebブラウズには厳しく非常時だけだった。

2010年、友人が華燭の宴をグアムで挙行するとのことで、海外でも同様の通信環境を整えようと調べてみると、Sony Ericsson(当時)がヨーロッパでリリースした「Xperia mini」という掌サイズの物理フルキーボードAndroidスマートフォンを見つけ、池袋の海外向け携帯電話専門店で購入し、その足でNTT DoCoMoでSIMのみを契約した。ディスプレイが3インチと極小なものの、洗練されたUIとW-CDMAによる高速通信にビックリした。デフォルトだと日本語のフォントが所謂「中華フォントによる代替表示」となる状況への対策として、自分で日本語TTFをインストールせねばならないものの、それさえ実行すれば、メール送受信は勿論、Webブラウズにも何の問題も無かった。

2011年、「Xperia mini」をそのままスマートフォンと同じサイズにした物理フルキーボード付きスマートフォン「Xperia pro」をSony Ericsson(当時)がヨーロッパでリリースしたことを知り、XPANSYSで購入。シンガポール向けの筐体が届き、日本語モードも実装されていたものの、デフォルトだと日本語が中華フォントで表示される状況に変わりは無く、Androidがアップデートされる度に自分で日本語TTFをインストールする手間はあるものの便利なので使っていたが、世界的にも売れてなかったのか、末期にはAndroidのアップデート対象から外されてしまう。

セキュリティ面で不安になっていた2015年、スマートフォンに物理フルキーボードが実装されることは無くなってしまったので、已むを得ず、個人的には初の「物理フルキーボードなしスマートフォン」である「Xperia Z3+」をXPANSYSで購入し、現在まで不承不承使っている。

なぜXperia Z3+が不承不承なのか。性能は問題無い。FacebookやらTwitterやらInstagramやら、いわゆるSNSはセキュリティの観点から一切やるつもりは無いし、LINEなんぞ論外だ。ゲームも専用機でしかやらないので、性能は寧ろ過剰なぐらいだ。

私のスマートフォンの主な用途は「メール送受信」「RSSチェックとWebブラウズ」「自宅サーバへSSHでアクセス」「自宅で録音した平日昼ワイドのラジオ番組をダウンロードして帰宅時に聴く」の4点だ。これは2010年から変わらない。

これら用途から、スマートフォンへの文字入力環境として、自宅や会社と同じように『思考を邪魔しない程度に速くできる』ことを望んでいるのだ。

翻って、ソフトウェアキーボードを目の前にすると、私は指先が太いからか誤タッチしまくるため、メールを打つ際に誤解を招かぬような長文を認める気力を途中で失うし、自宅サーバにアクセスしてメンテしようとしても、スラッシュ(/)だのパイプ(|)だのチルダ(~)だのアスタリスク(*)だのグレーターザン(>)だのの記号の入力でいちいち手間取る。さりとて、スマートフォンでの物理フルキーボードによる入力が便利であることを知っている40を越えたオッサンから「フリック入力」というスキルを見ると、なんと非効率なことか…習得する気を無くすのに充分だ。ましてや、わざわざ会社に「ホスト接続対応USBケーブル」を準備し、非常時にはそれを使って、会社のPCからひっこ抜いたキーボードを繋ぐようでは、ちっともスマートではない。

つまり、私にとって「物理フルキーボードが無いスマートフォンは、ほぼ無意味だ」ということを、この2年ちょっとで改めて認識させられたのだ。

上記のような経緯を踏まえて「Gemini PDA」のスペックを確認すると、「買わない」という選択肢は無い。サーバのメンテナンスに必須の記号入力も可能な物理フルキーボードであることには驚いた。特にパイプ(|)が入力できるのは嬉しい。

『AndroidとLinuxのデュアルブート』というのも、個人的にはメリット以外の何物でもない。上述したW-ZERO3を廃棄して以降、自宅からWindows PCを撤去し、現在に至るまでPCもDebianに移行して生活している身としては、もしAndroidのアップデートが提供されなくなったとしても『ポケットに入るDebian PC』として壊れるまで使い倒せる。往年のHP-200LXのようになるかもしれない。

今回、「4G+Wi-Fiモデル」と「Wi-Fiモデル」がリリースされたのに、わざわざ「Wi-Fiモデル」も追加で購入したのは、こういう意図である。2018年1月時点では、4Gサービスがいつまで提供されるか不明だからだ。「Wi-Fiモデル」はモスボール化して保存することにしている。

また何か言い出すのか?

Posted at Sat, 12 Dec 2015 07˚27ʹ50ʺ +0900 (JST)

『ソフトバンクが1.5/1.7GHz帯で3Gを終了、LTEに移行へ』

唐突という感じだが、SBMが一部周波数帯の3Gを止めLTEへ移行するという。国内キャリアで3Gサービスを縮小するのはこれが初だ。SBMは周波数割当でさんざん文句を言っていたので、またぞろ何か言い出すのか。

尤も、もっと単純に、財務体力的に3GとLTEを同時に維持・運用することができないだけなのかもしれないし、SBMの周波数帯の運用(基地局設置)がショボく周波数帯が足りないだけなのかもしれないが。なお、DCMとKDDIからは、この時期に3Gを止める話は噂レベルでも聞かない。

総務省は東京オリンピックが開催される2020年を目処に国内キャリアへ5Gをサービスインさせたいようだが、LTE以降は国内キャリアもパケット通信料金が定額制ではなくなったという事実の前に、5Gにそこまでの需要はあるのかと言われると、甚だ疑問ではある。素直?に公衆無線LAN網を充実させたほうが早いような気がする。

NTTの決断

Posted at Sat, 07 Nov 2015 09˚36ʹ29ʺ +0900 (JST)

以前から言われていたとおり、NTTのPSTNのIP網化が正式にリリースされた。

『NTTが固定電話をIP網へ移行、環境変化で機能や品質も見直し』

提示された資料は内容はなかなか興味深い。特に

“既存のメタルケーブルを継続利用”

というのには恐れ入った。てっきり現行の『ひかり電話方式』へ強制的に全面移行させられると考えていたからだ。

現在のマンションに引越す約1年前、当然、固定電話も移設したのだが、その際にNTT東日本からしつこく言われたのが

「ひかり電話ではなく加入電話で移設するんですよね?」

ということだ。

この引越しで已むを得ず新規でフレッツ光(但しラストワンドロップはVDSL回線)も敷設することになってしまったのだから、NTT東から見れば至極真っ当な指摘だろう。東京23区が3級局であることを考えても月額料金は1/3以下になる。しかし、

「ユーザ宅の停電ごときで使用不能となる固定電話なんぞ存在する意味が無い。『局給電による通話』こそ固定電話の基本的な機能だ」

と考えている私には、回線終端装置が壊れたり、回線終端装置への給電が止まったりで使えなくなるひかり電話にする意味はまったく無い。が、それも、NTT東西のPSTNがIP網化されるまでの“最後のあがき”だろうなぁという漠然とした思いを抱いていた。

しかし、今回のリリースを読むと、今後もメタルケーブルが残り、加入者交換機をそのままメタルケーブル集線装置へ転換することで局給電も続けられるようだ。

逆に言えば、ひかり電話の3倍の料金を払ってもらえれば、NTTとしても局給電を維持できると踏んだのだろう。

3.11以降も比較的大きな地震が相次いでいる現在でも、携帯電話が移動機や基地局のバッテリが死ねば何もできず、災害時の通話や通信には依然として固定電話が有利であることに変わりは無い。この点が決定的に変化するまで、私は「局給電される固定電話」を維持し続けるつもりだ。

ラジオ番組グッズGet

Posted at Sun, 14 Jun 2015 11˚29ʹ29ʺ +0900 (JST)

どうやら致命的な不具合は無いようなので、このblogを運用しているOSをDebian WheezyからDebian Jessieへのアップグレードした。しばらくは細かな問題が起きるかもしれない。

久々にラジオ番組のグッズを貰った。現行の昼ワイド番組でいちばん面白い、TBSラジオ『たまむすび』に送ったメールが採用されたからだ。

パッチンガム&ステッカー

ラジオ番組のグッズを貰ったのは、高校3年のときに「加藤いづみのオールナイトニポン」以来だ。この番組では最終回(1993年11月1日)に電話での録音メッセージもオンエアされて感激した。その時に同録したカセットテープも残している。形ばかりの受験勉強をしているとき、オンエア5時間前に突然ニッポン放送から自宅に電話が入り「メッセージを」と言われ、我ながらツマラナイ話をしたので不採用だと思っていたら採用されたのだ。この電話に最初に出た母親は、いきなりのニッポン放送からの電話に「あんた、何かしたの?」と訊かれたことまで思い出した。かれこれ22年前の話である。

私の趣味のひとつに“ラジオ”がある。

“ラジオ”とだけ書くと意味不明だが、“聴く”ことと“自作する”ことなので、こうとしか書きようがない。

1975年生まれの私にとって、深夜放送と言えばニッポン放送が全盛期で、「ビートたけしのオールナイトニッポン」にもギリギリ間に合った世代だ。その後は22時台の「三宅裕司のヤングパラダイス」だったり「伊集院光のOh!デカナイト」だったりから、25時台の各曜日のオールナイトニッポンをずーっと聴いていた。特に『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』にはド嵌りし、その週の同録を高校への登下校中にずっと聴いていたり、番組から出たCDを放送委員であることを良いことに昼休みに校内で流したりしたのだ。日本武道館で開かれたコンサートの抽選に漏れたのは今でもちょっと悔しかったりする。

もっとも、深夜に限らず、昼間も聴いていた。相変らずニッポン放送だが、土曜14時の「タモリの週刊ダイナマイク」とか日曜09時の「裕司と雅子のガバッといただき!!ベスト30!」とか。

なぜニッポン放送に偏っていたのかというと、実家がある地元ラジオ局の番組があまりにつまらなかったこともあるが、ニッポン放送が直接クリアに聴取できるギリギリのエリアだったことも大きい。同じ東京キー局であるTBSや文化放送はフェージングが酷く聴取不可能だったのだ。この体験が“東京方面の大学に行きたい”という思考に繋がっていく。

辛うじて東京に所在する大学に入れた後も、この習慣は変わらなかった。それまでも受験勉強を隠れ蓑に高校時代から昼夜逆転生活を送っていたが、大学に入るとそれが本格化する。寧ろ、受信環境を格段に向上させるのに成功したことで“ラジオを聴くために昼夜逆転した”といっても過言ではないぐらいだった。卒業研究以外の単位をほぼ取り終えた大学3年の後期になると、大学には必修の実験がある木曜午後しか行かず、それ以外はずっとラジオとゲーム(当時は初代プレイステーションが出たばかりだった)三昧の日々だった。

社会人になった1998年には昼ワイド番組「テリーとうえちゃんのってけラジオ」が始まるが、新卒社会人がいきなり昼ワイドを聴けるような業務には就けないので、MDにタイマー録音したものを帰宅後に聴いていた。

が、「のってけラジオ」が終わった頃から急速にニッポン放送の番組がつまらなくなり、TBSラジオに乗り替える。それまでも聴いていた日曜13時の「伊集院光 日曜日の秘密基地」が非常に面白かったことが直接の理由だが、これ以降はほぼTBSのみだ。深夜帯も「オールナイトニッポン」から「Junk」になり、今に至るのだ。

『たまむすび』についえ言えば、同い歳の赤江珠緒という人がこうまでツッコミどころ満載な人だとは思わなかった。正直な話、TBSは思わぬ拾い物をしたというところではないだろうか。昼食後の、ちょっと眠気を誘う時間帯に放送される昼ワイド番組で、政治だ経済だと固い話を延々されても真面目に聴く気は起きず、『たまむすび』ぐらいの力の抜け具合が合っているのだと、個人的には考えている。聴いた後にほぼ何も残らないところも素晴しい。なんだか鬱屈した世情の現在であれば、そこからしばし離してくれるような番組が生き残るのだろう。

『たまむすび』は、会社から帰宅する道すがら、radikoで録音したものを聴いている。常用している自宅PC(Debian)とオモチャとして買ったRaspberry Pi B+をそれぞれradiko録音サーバに仕立て、cronで録音設定し、生成されたmp3ファイルを退社前にスマートフォンへダウンロードしているのだが、ひと昔前ならこんな手軽にはできなかった。先述のとおり、ラジオのタイマー録音を帰宅後に聴くのが精々だ。そのメディアもカセットテープからMDになり、今ならICレコーダでmp3だろう。

ここまで聴取環境が整っているにもかかわらず、今、ラジオは受難の時代だ。ほんの4年前にあれだけ大きな地震に遭い、そのとき情報源としてラジオが大活躍したのに、だ。

そして今、総務省は、AMラジオ局のFM化を推進しようとしている。これは忌々しき問題だ。

ラジオを自作すると解るが、AMラジオは最悪、ダイオード・バリコン・クリスタルイヤホンがそれぞれ1個と、1mぐらいの銅線があれば、電池も要らずに受信可能になる。小学生だった私はこのゲルマラジオを作って「おおっ」と感動した。それにトランジスタと電池がそれぞれ1本加わればもう立派なラジオだ。災害発生後、電池が無くとも比較的冷静かつ正確な情報を受け取ることができるのは大きなアドバンテージである。

が、FMラジオとなるとそうは行かない。FMでもゲルマラジオっぽいものは作ろうと思えば作れるものの、必須のパーツに“FCZコイル”が加わる。しかし、このFCZコイルが曲者で、現在では製造していないのだ。

「スマートフォンにはFMラジオ受信機能があるじゃないか」とおっしゃる向きもあろうが、スマートフォンはバッテリの持ちが非常に悪いことを忘れている。『2日持てば上等』という現在のスマートフォンのバッテリで、何日も受信し続けることができるだろうか? バッテリが切れたとしても、再起動できるまで充電できるような状況を作れるのだろうか?

電池が要るAMラジオでも鳴らし続けたとて100時間以上は持つで、ハッキリ言えば比較対象にすらならないのだ。

AMにはAMの、FMにはFMの、それぞれ特長や特性があるが、こと“受信環境の整備”という点ではAMに勝るものは無い。名目上は「AMラジオの難聴取対策」ということで、今年末から首都圏のAM局でもFM波による補完放送「ワイドFM」が始まる。電波の発射は全局とも東京スカイツリーだ。だがこれは首都圏AMラジオ局の送信設備更新時期と一致する。送信設備費用を比較するとAMよりFMのほうが安いうえ、各局が独自に持っている送信アンテナのメンテナンスが不要になるため、ラジオ局の経営者からはコスト削減しやすいように見えることも気になる。

AMラジオ局がAMラジオ局たる矜持を棄てるのか。または棄てさせるような国策とするのか。この問題は思った以上に根が深いことは確かだ。

引越した(7年ぶり3回目)

Posted at Sun, 28 Dec 2014 14˚16ʹ08ʺ +0900 (JST)

人間、歳を食うと、思考が守勢となるようだ。

大学を卒え社会人となり経済的にも親から独立して16年、ずっと私は、「家なんぞ買う必要は無い。我々が住む日本列島はその出自を考えると、いずれは家が潰れるような大規模な地震に襲われるという運命からは免れない。にもかかわらず、人生を左右しかねない住宅ローンを組んでまで家を買うのは愚行以外の何物でもない」との考えから、住居は賃貸であり続けた。

が、2011年3月11日以降は考えが変わった。「あれだけ大規模の地震を食らっても、予想に反して家は潰れず、とりあえず生き残ることができた」のだ。もちろん、あの地震以上の大規模な地震が起きたらどうなるかは解らない。3.11が偶々だった可能性も充分ある。だが、あの地震が、その後の己の人生の割り切りをも考えさせる切っ掛けになったことは間違い無い。

『現時点で予定が無い以上、恐らく今後も結婚はしないだろう。存分に己の趣味に忠実に生きることができる。言い換えれば、護るべき身は己ひとつだ。健在である限りは己の両親に迷惑をかけることなく、いざとなれば確実に通信できる手段を安定的に確保できさえすれば、あとはどうでも良いのだ』

そう思い至ると、家賃の支払いが莫迦らしくなってしまったのだ。

さりとて、住宅ローンを組むにしても、返済に充てられるカネに限度はある。自慢ではないが貯金は最低限しか無い。アベノミクスなるふざけた渾名の経済愚策が実行されている間も含め、今後の日本は収入格差が広がることは目に見えている。いずれは「賞与」なる慣行も無くなるに違いない。

すると、組めるであろう住宅ローンの上限は必然的に、(1)毎月の返済は現在払っている家賃以下で、(2)賞与支給時の上乗せ返済等は一切考えず、(3)60歳の定年までに完済できる金額になる。

また、巷では「限界集落」というニュースが喧しい。個人的には東京23区内を離れるつもりは一切無いので頭の片隅にしか置いてなかったものの、これから明らかに人口減となる日本ではコンパクトシティという考え方が重要になろう。歳を食っても徒歩圏内で通える鉄道駅とスーパーマーケットと医療機関がある街でなければ生死に係わる。

更に、現代の生活では電力が欠かせない。すると、3.11で発動した輪番停電でも頑ななまでに停電地域対象外とされた東京23区以外に住むことは考えられないだろう。

…そんなことをボンヤリ考えつつ、前回の賃貸契約の更新直後から物件を探し始めると、時を同じくして住宅ローン金利がアホみたいに下がり始める。直接的には長期金利が軒並み下落したことが原因なのだが、それを嚆矢としてどこの都銀も「住宅ローンでは利益が出ない」ぐらいの超低金利競争が始まった。ただこれは借りる側には有利な話だ。貧乏人な私にとってもタイミングは今しかない。

己の借りられる金額からネット上で物件の状況を比較しながら調べていると、それまで賃貸で住んでいた私鉄の駅から2駅多摩方面に寄ったところに、築年数は相当行っている(私の姉と同い歳!)ものの、そこそこ駅から近く、リノベーション直前の中古2DKマンションがヒットしたため、ついカッとなって購入することにしたのだ。

幸いなことに社会人1年目から使っているメインバンクの某都銀へ申し込んだ住宅ローンはすんなり下りた。これは、住宅ローンの連帯保証人に年老いた両親の財布を差し出すという、いい歳こいた人間がやってはいけない最低な事態は避けられたことも意味する。もし私が今後どこかで野垂れ死んだところで誰にも迷惑をかけずに済む。

引越し作業そのものは去る20日に済ませたものの、今日の時点でも引越し荷物は完全に片付いておらず、恐らく年明け後もしばらくはバタバタするだろうが、それが落ち着きさえすれば、あとは粛々と、己の人生の終焉まで、趣味を満喫した生活を送りたいと思う。

全ては仮想化される

Posted at Tue, 27 May 2014 20˚14ʹ33ʺ +0900 (JST)

『ドコモ、ネットワーク仮想化の実証実験に成功』

ルータやスイッチで仮想化が進められて久しいですが、いずれ出てくるとは思っていたとはいえ、キャリアグレードの通信設備も仮想化されるとなると、私のようなネットワーク業界に勤める者は商売上がったりですね。
現実世界では、軍事分野でさえ、戦場での主たる通信手段になる無線機器も「ソフトウェア無線」が実用化され、通信規格毎に専用ハードウェアで組まれる従来のハードオリエンテッドな無線から解放されつつありますから、世の中のこの流れはもはや停められないのでしょう。
携帯電話が普及して以降、アマチュア無線が風前の灯と言われ続けて久しい現在、ハードオリエンテッド無線は趣味の領域のみに残るのでしょうけど、ネットワークというものもそうなるのかもしれません。嘘か真か、今の10代〜20代前半の若い人は既に、スマートフォンを使うとき、キャリアや無線LANなどを意識すらしないと言われてますから…。