スウェーデンから来た腕時計

Posted at Sat, 04 Feb 2012 15:25:49 +0900 (JST)

昨夏の賞与はあまりに使い込み過ぎたので、今冬の賞与は大人しくしていよう…と考えていたものの、なぜかブラウザのタブに残っていた海外の時計通販サイトをチラッと覗いたら、以前から欲しかったものの高くて手が出せなかった代物が半値以下で出品されていることを知ってしまい、気付いたら発注していた。恐ろしいことである。昨年12月15日の話だ。

それが今日やっと届いた。発注から約1ヶ月半経過しているが、想像以上に状態が良く、今では満足感しか無い。モノは例に依って? レマニア製のミリタリー機械式腕時計だ。今回はスウェーデン王立空軍向けにフライバック機構を実装した『Tg 195』という代物で、他のミリタリー機械式腕時計とはちょっと毛色が違うものだ。『Tg』とはスウェーデン語“Tids Givare”の略で、英訳すると“Time Giver”*注釈、カッコイイ響きで趣きがある。裏蓋にはスウェーデン王家の紋章であるスリークラウンが燦然と輝いている。刻まれているシリアルから1957年に支給されたことが判る。

*注釈
今回はスウェーデン王立海軍の元将校(“I am a former officer in the royal swedish navy.” と自己紹介された)から購入したため、ダイアルにある『Tg 195』の真の意味を知ることができるかもしれないと思い訊いたところ、以下のような返答をいただいた。

TG means Tids Givare, and directly translated: time giver, with the meaning time indicator.
I have heard that 195 is the serial/model number in the Swedish armed forces, like a project number or simply the name of the watch.
All watches and clocks in the armed forces have a model number, however this is the only Swedish watch model that has its number on the dial.

『Tg』は巷で言われているとおりだ。『195』はスウェーデン軍内で付与されている管理番号という以外に意味は無いようで、かつ、その管理番号が直接目に見えるところに記されているのは、このモデルだけだそうだ。

Front View

Rear View

フライバック機構とは、この時計で言えば、2時の位置にあるボタンをワンプッシュすると、秒針が帰零すると同時に竜頭が飛び出して停止する機構のことだ。この後、時針をその時の時刻に合わせ、時報の0秒と同時に竜頭を押し込むことで、秒まで正確に合わせることができる。秒まで合わせることが重要な空軍には打ってつけかつ必須の機構だが、レマニアはこの機構を実現するためにクロノグラフのムーブメントを応用してわざわざ新規に型を起こしてまで作り込んでいる。キャリバには型名らしき数字として2225と彫られており、16石だ。実際にはクロノグラフ機構は無く、ただのセンターセコンドな機械式腕時計なのだが、このような経緯からか、いろいろ調べる限り、この時計はクロノグラフとして分類されているようだ。

実際に腕に着けると、想像以上に重い。ベルトがNATO G-10であるにもかかわらず、まるでスピードマスタを着けているようだ。風防のプレキシグラスも、スクリューバックかつ耐磁性能を持たせたステンレス製ケースも、かなり厚めだからだろう。いかにも実用一点張りの軍用という雰囲気が漂っており、個人的には非常に気に入っている。

私の中でレマニアは腕時計の最高峰に位置付けられている。毎日いろんなメーカの腕時計を着けてみると、伊達や酔狂でオメガがレマニアのムーブメントを採用しているわけではないことが良く解る。以前紹介したイギリス海軍向け然り、チェコ空軍向け然り、第2次世界大戦から約70年経過しているにもかかわらず、ふだん使っていても非常に堅牢かつ正確に時を刻んでくれる。こう言っては何だが、ほぼ同時代のエルジン製やブローバ製とは雲泥の差があるのだ。ここにその時代のスイスとアメリカの精密機械工業力の差を見た気がするし、こういうことはやはり経験しないと判らないものなのだなぁ…と痛感する。

以下は、なぜこの時計が私の手許に届くまで1ヶ月半も掛かったか、という話だ。これもまた貴重な経験となった。

先述したとおり、今回の購入先はスウェーデンだ。いざコンタクトしてみると、どうやら業者ではなく個人、しかもスウェーデン王立海軍の元将校で、今は時計の修理を趣味でやっておられる(「時計修理学校に通っている」とのこと)ようだ。そのうえ、スウェーデンと日本の時差がちょうど正反対(UTC +01:00)で、連絡を取ろうにもタイムラグが大きい。

昨年12月15日にファーストコンタクトを取ると、翌16日に「おまえは日本からコンタクトしてるが、日本人なのか?」みたいな返信から始まり、互いの素性やPayPalでの支払い可否、費用は別途支払うから日本への輸送には郵便小包ではなくUPSを使って欲しいなどをやりとりするうちに1週間経ってしまった。個人的には昨年中に片付くだろうなぁと考えていたが、思わぬ誤算だ。

そうこうするうちに「申し訳ないが、年末年始に海軍に呼び出された。あと、クリスマス休暇もあるから、次のコンタクトは2週間後になるが、それでも良いか?」と、ここでいきなり2週間途切れてしまう。この時点で私は昨年中の入手は諦め、待つことにした。

その後この話は凡そ通販らしからぬ展開をする。

年が明けてもコンタクトが無いため、松の内が明けた4日に「この話はどうなった?」と私から連絡すると、「ああ、問題ない。これからUPSに行って運賃を調べるよ」との返事。しかし1週間ほど応答が無い。再度連絡すると「UPSもDHLも輸送を断られた。アンティーク時計はダメだそうだ。だから郵便小包で良いか?」とのこと。今回は仕方無いか…と了解する旨を返信すると「郵便局からもアンティークだからと断られた。輸送手段が無いから、今回の話は無かったことにしてくれ」と言い出した。

これにはさすがに私もキレた。「なぜスウェーデンではだめなのか? ドイツもアメリカも郵便小包やUPSでアンティークのミリタリー腕時計を送れたのに!」と、滔々とクレームを入れてしまった。「わざわざアンティークだと正直に言わなくて良い。郵便にしろ国際輸送業者にしろアンティークものを断るのは当たり前。アンティーク時計でもぷちぷち(英語ではbubble wrapと言うらしい。今回初めて知った)で厳重に包めば、ヨーロッパからでも壊れず日本まで送られることを私は経験済みだ。申し訳ないが、『現代の時計だ』と言って再度チャレンジしてくれないか?」。ここまでで1ヶ月掛かっている。

そして1月24日に「UPSやDHLはやっぱりダメだったけど、郵便は引き受けてくれた」との連絡が保険付小包の追跡番号と共に来た。スウェーデン郵便のWebサイトに追跡番号を入れると、確かにある。が、今度は小包がスウェーデン国内から一向に出る気配が無い。23日に地元と思しき郵便局で引き受けられたログしか無く、そこから進まないのだ。これはドイツでも同じような経験をしているので気にしていなかったのだが、3日後に珍しく先方から連絡が来た。「小包に付けた保険金額を2,000スウェーデンクローナ以上に設定したことで、郵便局から『宛先人の社会保障番号もしくはEORI numberが無いと配達できない』という連絡が来た。どちらかの番号を教えてくれないか」。

また妙なことを言い出した。日本には社会保障番号制度(報道では“国民総背番号制度”なんて言われている)は無いし、EORI numberに至っては意味が判らない。調べると、2009年にEU圏内で始まった制度で、企業がEUに登録して払い出される関税番号のことらしいが、私は企業ではないし、同じEU圏内であるドイツから昨年購入した時はそんな番号の提示を求められていない。「申し訳ないが日本には社会保障番号という制度が無いので提示できない。提示できるとすればパスポート番号ぐらいしか無い。もしその番号がダメなら、保険金額を1,999スウェーデンクローナ以下に再設定してくれないか」。

これに対し、1月29日に「私の社会保障番号を言えば良かったらしい。これで大丈夫なハズ」と返信があり、ここからはスムーズに輸送され、最短である今日、私の手許に届いたのだ。

Tracking result

あまり聞くのも野暮なので聞いてないが、恐らくこの方はEU圏以外の海外に荷物を送った経験が無いのだろう。通販するにしてもスウェーデン国内もしくはEU圏内からの受注を期待していたようだが、今回は日本向けだと判り、非常に戸惑っている様子も読み取れた。

今回、結末は良い方向に進んだが、うっかりすると妙なところに落ち付いてしまう可能性もあっただろう。それが海外とのやりとりの醍醐味と言えばそれまでだが…いずれにしろ、貴重な経験だった。