続・2本の腕時計

Posted at Sun, 29 May 2011 10:06:57 +0900 (JST)

暇は善し悪しである。暇に飽かせて様々な文献に触れるにつけ、余計な情報が目に入るからだ。


腕時計をつけるようになって早半年、その間にスピードマスタや、それに派生する軍用時計のことを調べるにつけ、妙な森に迷い込んでしまった。

スピードマスタはオメガ社が発売しているが、機械式時計の心臓部であるキャリバはオメガ社製ではない。キャリバはレマニア社(現ヌーヴェル・レマニア社)が設計・製作したものをOEM製品として供給を受け、オメガ社はケースやダイアル等それ以外の部分を製作、製品として組み上げて販売しているのだ。もちろんオメガ社自らキャリバも含め全て自社設計・製作した製品もあるが、少なくともスピードマスタは異なる。

この事実はスピードマスタを購入する前から知っていたものの、そんなに気にしてはいなかった。しかし、同じオメガ社製のRAF 1953 Fat Arrowを購入したことをキッカケに、軍用時計について調べたり文献を読み漁ったりしたところ、いつもはOEM製品として各時計ブランドへメカ部分を供給するのみで表に出ないレマニア社が、数は少ないものの自社名をブランドとしていくつかを製作、複数の軍に供給していることを知ってしまった。しかも現在でも購入できる場合があるという。

私の悪い癖だが、こういった裏を知ってしまうと、どうしてもオリジナルを手に入れたくなってしまう。伝統的にクロノグラフのキャリバに強いレマニア社が、他社にも大量に供給している自前のキャリバを使い、自社ブランドで全てを組み上げたクロノグラフは、ぜひ手に取ってみたいと考えるようになった。今の自分の仕事でもつくづく思うが、OEMとして製品を供給しても、供給先では必ずしも製品の力を100%発揮できるように作られてないことが結構あるのだ。ぜひスピードマスタと比較してみたい。

そして、こういった歴史を持ったもので自分の誕生年のものが存在し得る場合、それも買っておきたくなってしまう。今でもそうだが、Zippoは自分の生年のもので面白そうな物は結構買ってしまう。私は1975年生まれなので、今回で言えば1975年製の軍用時計となる。この年に製造された軍用時計で比較的コンディションが良いものとして何があるのかを調べたところ、CWC社が出したクロノグラフがあることが判明した。CWCは“Cabot Watch Company”の略で、1972年に設立されたイギリス政府推奨の軍需企業だ。


前置きがかなり長くなったが、こうしてまた、手許に2本の腕時計が増えた。

Front_View

Rear_View

左の黒いダイアルが、CWC社が1975年にイギリス海軍向けに供給したクロノグラフ、右の白いダイアルが、レマニア社が1945〜46年頃にイギリス海軍向けに供給したクロノグラフである。どちらもクロノグラフ機能も含め完動品だ。

CWC Chronograph

CWC社のクロノグラフは1974年〜1984年までイギリス三軍のパイロットや航法士に支給されたものだが、私の手許にあるのは裏蓋に刻まれたマーキングからイギリス海軍へ1975年に支給されたものであることが判る。

0552 — イギリス海軍を示すNATO支給品コード
924-3306 — 「クロノグラフ、17石、耐衝撃装置あり」を示すNATO管理番号
↑ — イギリス政府官給品であることを示すブロード・アロー
XXXX/75 — シリアル番号と支給年の西暦下2桁(1975年)

キャリバはヴァルジュー社製の7733で17石。裏蓋は捩じ込み式で防水も考慮されている。クロノグラフとしての使い方はスピードマスタと同じで、2時方向のボタンでスタート・ストップ・リスタート、4時方向のボタンでリセットする。耐磁機能が無いためか、RAF 1953 Fat Arrowと比べると、ケースの直径は大きいものの重量は軽い。ダイアルにはRAF 1953 Fat Arrowと同じくブロード・アローと丸T記号があり、時針・分針・ダイアルはトリチウムで発光するようになっているが、経年劣化で現在はあまり光らない。またケースはプッシュボタンとリューズを保護するために左右非対称(右側が膨らんでいる)となっている。

Lemania Chronograph

レマニア社のクロノグラフは、正確な年代は判らない。しかし、裏蓋に刻まれたマーキングの形式が1939〜1946年に使われたものであること、このクロノグラグが1945年〜1965年にかけていくつかのタイプが製造されていること、ダイアルが白かつプッシュボタンが2時方向に1つしかないモデル(ワンプッシュクロノと呼ばれる)はごく初期のタイプでイギリス海軍航空隊のパイロットに支給されたという文献があることから、凡そ1945年〜1946年であろうと判断している。

H.S.↑9 — イギリス海軍水路部(Hydrographic Service)支給のクロノグラフ腕時計
XXXX — シリアル番号

キャリバは自社製の2210で17石。先述のとおりプッシュボタンが2時方向に1つしかなく、押す度にスタート→ストップ→リセットを繰り返す。ダイアルのブロード・アローと共にあるINCABLOCの文字が示すとおり耐衝撃装置は実装されているが、耐磁機能は無い。裏蓋は捩じ込み式ではあるものの防水は考慮されてないようで薄く、キャリバの駆動音が心地良く聴こえる。これもRAF 1953 Fat Arrowと比べると、ケースの直径は大きいものの重量は軽い。ダイアルと時針・分針は、恐らくラジウムで光るようになっているのだろうが、さすがに65年以上経過しているためか、ほぼ光らない(部屋を真っ暗にし、よーく観察して、うっすら光っていることが確認できる程度)。


今回購入した両者とも、先述のとおり耐衝撃装置が実装されているため、ふだん使いできるものと考えている。遅れや進みも問題ないレベルに収まっている。これからしばらくは梅雨なので、これらを付けての外出はできないかもしれないが、出梅すれば活躍できるだろう。尤も、問題はこれらのメンテナンスで、いずれのメーカもオメガと違って直営の窓口を設けているわけではない。専門の業者に任せることになるだろうが、数年後に業者が生き残っているかどうか…気になるのはその点だけである。


【参考文献】
『軍用時計のすべて』ジグマント・M・ウェソロウスキー, 並木書房
『世界の軍用時計』ワールド・ムック―世界の傑作品(491), ワールドフォトプレス