腕時計のオーバーホール
機械式時計には定期的なオーバーホールが必須だ。
そもそも機械式時計に嵌って買うようになった原因が「スピードマスタをオーバーホールに出している間の腕時計をどうするか?」だったので、オーバーホールが必須であることは理解していた。ただ、少なくとも国内でアンティーク軍用時計を購入しても、既にオーバーホール済となっていることが多く、私がオーバーホールに出すことは無かった。
しかし、以前も記述したとおり、6月にドイツから輸入した1950年製のチェコ空軍向けレマニア中三針が「最大日差6分」という状態だったため、常用するためにもオーバーホールに出すことにした。
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今住んでいる街には、いわゆる「街の時計屋」が無い。東京23区内で、1日平均8万人弱が乗降する私鉄の駅がある、そこそこ大きな街なのだが、自前でオーバーホールができるような時計技師が営む時計屋は潰れているのだ。
となると、信頼が置けそうな時計修理業者を調べることになるのだが、もしそういう業者を知っていても、修理の質が落ちることを懸念して、他人には教えたくないのが人情。ネットには不評な業者の情報は山ほどあるが、良い業者の情報が皆無に等しい。さりとてネットに情報が無いからといってその業者が良いとは断言できない。そこを誰も使ってないから情報が無いことも充分考えられるからだ。つまり、己の情報収集能力が試されることになるらしい。
様々調べた結果、23区内の時計修理専門会社に持ち込むことにした。症状を説明すると「約1ヶ月でお渡しできます」とのことだったので、預けることにした。6月27日のことである。
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そして先週日曜日の8月7日。修理専門会社から修理完了を知らせる速達が届いたので、翌月曜日の会社終わりで取りに行った。部品としてはゼンマイのみの取り替えで済んだようだ。帰宅後に早速ゼンマイをいっぱいまで巻き上げて翌朝まで放置したところ、日差が無い!
まさか…と思い、翌火曜日から昨日までふつうに装着したところ、やはり日差が無い。ときどき3秒ほど進んでいたが、最終的には元に戻っている。機械式時計で日差が無いというのは初体験だ。オーバーホール前に日差が6分もあった同じ時計とは思えない。機械式時計におけるオーバーホールの効果・効用をまざまざと見せつけられた恰好である。いずれ遅れや進みが出てくるであろうが、もしそうなったとしても、定期的にオーバーホールへ出すようユーザである私を仕向けるには充分過ぎるエクスペリエンスとなった。部品代が5,000円、オーバーホール作業代が35,000円、消費税を入れると合計42,000円だったが、今後も同じ修理専門会社に依頼することになるだろう。
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それにしても、機械式時計でここまでの精度を出すことができることに驚きを禁じ得ない。機械式時計の場合、キャリバがハイビート(秒間8振動=時間28,800振動以上)であればあるほど高精度が出せると言われているようだが、振動数が大きいということは部品同士が擦れる回数が多くなることを意味するため、ハイビートになればなるほど部品の摩耗が激しくなり、壊れやすい。オーバーホールに出す間隔も短くする必要があるだろう。またハイビートは近年の工作技術の発達で初めて実現できるもので、最近では秒間10振動=時間36,000振動というキャリバもあるようだ。
翻って、私が持っているのは軍用時計でアンティークものばかりだ。スピードマスタやRAF 1953 Fat ArrowにしろCWCやレマニアにしろ、いずれのキャリバも秒間5振動=時間18,000振動なのでロービードに属するが、ロービートは精度を出し難いらしい。にもかかわらず、今回の日差ゼロというオーバーホール結果は、やはり驚くばかりである。