奨学金完済

Posted at Sun, 03 Nov 2013 16:17:11 +0900 (JST)

旧・日本育英会の奨学金の返済完了通知が届いた。

ハッキリ言えば滑り止めだった、唯一合格した都内の三流四年制私立理系単科大学を辛うじて卒業してかれこれ16年目、毎月13,500円が給与振込口座から引かれること180ヶ月。社会人になった年の10月から返済が始まり、先々月で完済したことになる。

実家が裕福ではないことなぞ、同級生と比較するまでもなく身に染みて解っていたものの、己の学力からして現役で大学に行けるかどうか判らなかったため、日本育英会(現在は独立行政法人日本学生支援機構)に奨学金を申し込んだのは高校からではなく入学直後の大学の学生課経由だった。学科の掲示板に募集要項が出ていることを知ると、実家に金銭的な迷惑を極力掛けまいと思い、無利子だが高校時代の成績が審査される第一種と有利子だが成績の審査が無い第二種の双方を申請したところ、6月末になんとか第一種で認められ、7月から振り込まれ始めた。親に仕送りの金額を減らすよう伝えたところ、翌月から仕送りは半額となった。

私が大学生だった頃は、私立四年制大学で自宅外から通学の場合、毎月54,000円が「貸与」された。そう、「貸与」なのだ。「支給」ではない。故に卒業すれば返済する義務が生じる。単純に言えば『借金』だ。だからだろう、月並みに貧乏生活を満喫せざるを得ない同級生の友達の中でも、育英会の奨学金を申請した者は私以外居なかったように記憶している。ただ、今でもそうだが、私は1日1食でもまったく問題無いようなエンゲル係数の低い暮らし向きなので、この奨学金を受け取ることで、結局は大学生活の付き物であるアルバイトを一切しないまま大学を卒業することができた。しかも、なんだかんだで大学時代に衝撃的なデビューをした初代プレイステーションとそのソフトも発売初日に買っていたし(このときセガサターンを選択しなかったことは誇って良いと思う)、レポートや卒業研究で使うPCもMS-DOSなPC-9801からWindows 95なDOS/Vに買い替えることができたので、この奨学金には大変助けられたのだ。

私が社会人になる以前から、世間では、育英会の奨学金が返済されないことが社会問題になっていた。その対策からか、ちょうど私が大学を卒業する時から月賦による返済が可能となった。それまでは年賦か半年賦のみだったようだが、私は己の性格から迷うことなく「無利子なのだから時間が掛かろうとも粛々と月賦のみで返せば良い」と月賦を選択した。もし「返済は年賦もしくは半年賦のみ」という返済条件が私にも適用されたら、完済する自信は無かった。卒業当時もそう思ったが、今でも無理だと思う。半年賦は所謂「ボイチ払い」と同等だろうが、これまで片手では足りぬほど転職を経験した身からすれば、ボーナスが支給されない完全年俸制の会社に勤務したことも何度かあったので、もし返済に半年賦を選択していた場合、私の性格からして、その会社に居る間は返済が滞っていた可能性が非常に高い。「月賦による返済」という選択は、やはり正しかったようだ。

個人的にはこの奨学金返済以外に借金と言われるものは抱えてないので、心持ち、気が楽になったように感じる。