タバコと笑気ガス
今年のGW、前半戦は会社の都合で24時間待機の状況だったため碌に休めず、実質は3日からの後半戦のみであった。それではあまりに気が休まらないため、今日と明日を有休としている。
ところがこの3日に、2つの困ったことが同時に発生した。タバコが市中から消えたことと、歯痛が復活したことである。そしてオマケで取った有休が功を奏するのだから、世の中は何が幸いするか分からない。
今回の震災では地味に喫煙者に影響がある。厳密に言えば日本製タバコを嗜好する人だけにだ。
しばらく前に製造元であるJTから「工場とタバコ葉畑が被災したため生産と出荷に影響あり」とのリリースが出たが、それがじわじわと影響し始めているなぁと感じ始めたのが4月の終わり頃だろうか。私は財務省の陰謀の塊にしか見えないTaspoは決して持たず、街中のタバコ屋でカートン買いすることにしているが、24時間待機が始まる前日の金曜日、自宅の在庫が切れたために出向いたいつものタバコ屋からは日本製タバコの在庫が消えていた。文字通り一切無い。念のため店員に訊くも「入荷未定です」と申し訳なさそうな顔をされた。
困った…チェーンスモーカである私は、ただでさえ他人より消費量が多い。特に自宅に籠らざるを得ないときは1日2〜3箱は消えるのだ。
そしてふと思い出した。そう言えばいつも行くスーパーの一角でもタバコを売ってるではないか。早速出向くと、1カートンだけ、いつもの銘柄のニコチン0.1mgバージョンが売っている。いつもは0.5mgだが無いより遥かにマシ。この最後の1カートンを買い、後生大事に吸っていたものの、これも5月3日に切れてしまったのだ。
いよいよ進退窮まったかと思い、いつものタバコ屋に行くと、いつもの銘柄が売っているではないか。
「1カートン下さい」
「いえ、入荷量が少ないので、おひとり様1箱に限らせていただいてるんですよ」
「…あ、そうですか。じゃぁ1箱」
「この銘柄は火曜日と金曜日に入荷するので、またその時にいらして下さい」
日本はいつからタバコが配給制になったのかと恨めしく思う。
歯痛は震災なんぞ微塵も関係なく、痛みが再発しても放置していた私が一方的に悪い。
最初は4月中旬に突然やって来た。痛みの発生源である右上最奥歯を舌で触ると、どうやら深く抉れているようだ。歯ブラシがぬるかったのかもしれないなどと反省している間にも、眠れぬほどの激痛がズキズキ走る。
仕方無いので、以前、椎間板ヘルニアを患ったときに処方されて大量に余っているロキソニンを服用することで痛みだけでも散らそうとするも、1錠では2時間経っても効かず、もう1錠(と胃薬であるセルベックスカプセル錠)を服用したところ、どうにか30分後に効き始めた。
このとき素直に歯科医に行けば良かったのだが、私には極度の嘔吐反射があり、どうにもこうにも歯科医が苦手だ。そしてこのときはロキソニン2錠で痛みが収まってしまったことも「歯医者に行く程のものじゃなかったに違い無い」と、処置を先送りさせてしまった。
そしてこの痛みが、5月3日にまたも復活したのだ。
今回もまずはロキソニンだと2錠服用したものの、まったく効かず、その晩は激痛で一睡もできなかった。いよいよロキソンでも痛みが引かないほど悪化してしまったのだ。唾液が触れるだけでも飛び上がらんばかりに痛いので、うっかり体を横にできない。なんというGWだ…。
已むを得ずネットで近所でも腕利きと評判の歯科医を探し、世間が平日となる6日の朝イチに飛び込んだ。しかしここでも私の嘔吐反射が邪魔をする。
「これだけ嘔吐反射が強いと、ウチでは笑気ガスが無いで処置できませんね。大学病院への紹介状なら書きますが、どうしますか?」
私は今までいくつかの病気に掛かり、1度は入院もしたことがあるが、行った病院でここまで明確に診療拒否されたのは今回が初めてだ。これを聞かされたときはかなりショックだったが、歯科医による事前のチェックもできない有様なのだから仕方が無いわな…と妙に納得もした。
「考えさせて下さい」
「とりあえずロキソニンだけ処方しましょう。気休めかもしれませんが」
ロキソニンそのものは4日以降になるとそれなりに効き始めてくれていたので、そこの歯科医はロキソニンだけ貰って辞した。
さてこれはタバコなんかより数倍は困った。再度ネットで調べると近所には笑気ガスを扱う歯科医が無い。新宿まで出れば数カ所あるが診察時間は週明けだ。
そして今日。新宿駅から徒歩圏内、都庁近くにある、これまた評判が良いらしい歯科医へ出向いた。さすがに週明けの月曜朝イチは空いているだろうという魂胆だが、そうでも無いところを見ると、本当に腕が良いのかもしれない。
しばし待ってから案内され、まずは試しに笑気ガスなしで診てもらおうとするも、やはり嘔吐反射が邪魔をした。
「笑気ガスをお願いできませんか?」
「ただ今回の虫歯の位置は、笑気ガスを吸っても無駄になるかもしれないんですよ。上顎の奥歯は普通の人でも嘔吐反射があるので。とりあえずチャレンジはしますが、ひょっとするとウチでもダメかもしれません」
その前置きの後、初めて笑気ガスを体験した。なるほど、「酔っ払った体になる」というのは解る。泥酔したときに良くある、どーしよーもなく言うことを利かない体をアルコールなしで再現しているようだ。両腕両脚がフワフワするほど強制的に体中の筋肉が弛緩される。利き始めには顔がニヤけてしまった。これは面白い。人間の体はなんとも不思議かつ簡単に騙されるものかとも思った。
果たして、笑気ガスが効いた後は、何の問題もなく治療は開始された。筋肉が弛緩しているので嘔吐反射は起きようがない。反射しようにも反射のための筋肉に力が入らないからだろうと理解した。
とりあえず今日の治療は、穿ってしまった歯の消毒と、その部分をパテらしきもので埋めて終えた。唾液が触れるだけで飛び上がらんばかりに痛かったのが嘘のようだが、念のためロキソニンも処方された。
「今後の治療方針はちょっと考えさせて下さい」
という担当歯科医の言葉は多少気になるものの、次回は13日18時からに設定された。
私は日頃から「人間は体験からしか学べない」という信条で生きている。体験を今後の糧にできるよう努力したいし、チャンスがあるならよほどの危険が無い限り体験してみる。
タバコにしろ笑気ガスにしろ、今回はちょっと面白い体験だ。